dokin のらり暮らすDiary

うつ病、広場恐怖症、会食恐怖症⁇何それ?? 自分が発症するまで聞いたこともなかった。寛解までの道のりは苦悩ばかりで、出口のないトンネル。のらりくらり生活で克服を目指す⭐20代後半OLが綴る気まぐれ日記

初めましてdokinです

さぁ、今日から日記のスタート。

ということで、まずは私の生い立ちを数回に分けて書きます。

 

超簡単自己紹介をすると

・dokin(ペンネーム)

・女性

・20代後半

・OL

・ジャンル問わず音楽好き

(1番は大橋トリオ

・アボカド、サーモン、芋、アヒージョが大好物

ザっとこのような人間です。

 

私は10代後半まで、病気知らずの元気な田舎娘だったと思う。友達からはよく「悩みがなくていいね」と羨ましがられていました。

そんな私がまさか、人生初のアルバイト先でこんな病気になるとは考えもしなかった。

 

アルバイト先での低賃金長時間労働、プレッシャー、妬みからのいじめで身体に変化が。(バイト先のイメージダウンを避けるため省略するが、人の妬みは怖いなと思い知った。特に男性。)

 

私を襲った症状は、吐き気、拒食、動悸、手足の震え、めまい…

 

車、バス、電車に乗ると吐き気と動悸が出るので外に出ることが恐怖となり、バイトを辞め、大学も休んで部屋に閉じこもった。

この頃は母が入院をしていたが、そのお見舞いすら行けなかった。娘として申し訳なく思い、毎日のように布団の中で隠れて枕を濡らした。

 

私の身体はとにかく固形物を拒んでおり、唯一口にできたものが「ア〇エリアス」。空のペットボトルで溢れかえった汚部屋になってしまったが、ア〇エリアスの本気を実感。日本コカ・コーラ社には感謝しかない。

 

ある時は、同居家族が持ってきた食べ物を口にすることができず「これ好きだったじゃない!!」と投げつけられたこともあった。

そんなこんなで、当時身長157cmだった私の体重は、3か月ほどで36kgまで落ちた。BMI14くらいの低体重。とても健康体とは言えない。

 しかし

内科、循環器科、整体etc.どこへ行っても「異常なし

大学も行けない、外も出歩けない。口には表せない不安感に押し潰される日々。

「助けてほしい…」

同居家族は親戚含め5名おり、自分で言うことではないが友達も少なくはなかった。

それなのに、誰にも言えなかった。

 

「〇にたい」とネット検索をし、いのちの電話に何回も電話したが、通じたことは1度もない。〇にたいけれど、それ以上に助けてほしかったんだと思う。誰かが差し伸べた手をギュッと掴めたらどれほど楽だったことか。

 

苦しい生活が1か月ほど続いたある日、いつものように「〇にたい」と検索すると「少し休みませんか?」という文言が目に入った。誰にも頼らず毎日苦しんでいた私にとって、この一言が救いで、目には涙が…。

そこをクリックしてたどり着いたのが心療内科のHP。

ここへ行くしかない。ここで助けてもらおう!!と藁にもすがる思いで予約の電話を入れ、生きるための第一歩を踏み出しました。

 

次回は、診断結果から現在の様子をDiaryに綴ります。