dokin のらり暮らすDiary

うつ病、広場恐怖症、会食恐怖症⁇何それ?? 自分が発症するまで聞いたこともなかった。寛解までの道のりは苦悩ばかりで、出口のないトンネル。のらりくらり生活で克服を目指す⭐20代後半OLが綴る気まぐれ日記

【軽度のうつ病】寛解までの道のり

本日もお疲れ様です。

今日はブレンドティーを片手に、気取ったインテリア女子風でカタカタしています。

(実際は殺風景な部屋にポンとおかれたソファーに座っているだけのガサツ女です笑)

 

私は10代後半に軽度のうつ病を罹患しました。

耐えるのが苦しいほどの希死念慮、無力感、話が耳に入ってこない、つきまとう不安感が主症状。当時処方された薬は「ジェイゾロフト」と「ロフラゼプ酸エチル」でした。(片頭痛の薬でバルプロ酸ナトリウムも飲んでいたので、持薬は計3個でした…今考えると怖い…)

先生曰く

ジェイゾロフト⇒即効性は低いが、1か月ほどで効果が出始め、セロトニントランスポーターの働きを阻害することで脳内のセロトニン濃度が高まり、神経の伝達がよくなることで気分が下がるなどのうつ病症状が緩和される。

ロフラゼプ酸エチル⇒緊張をほぐすのに優れた薬で即効性が高く(15分で効き始める)、作用時間90時間以上と比較的長いため、薬を止めやすい。

とのこと。私はパニック障害を併発していたので、うつ病のために処方された薬は「ジェイゾロフト」の方ですね。薬を飲み始めて2週間ほどで、希死念慮や無力感は消え、むしろエネルギーが有り余るほど笑

いつかは薬を止めなければと分かっていても、薬を止めたらまた苦しい日々になる…そう考えるとやめられず、気づけば薬と共存する道を選んでいました。薬を飲むことで大きなストレスを受けた日以外は、普通の友達と何ら変わらない生活を送れていたのですが…。社会人になって数か月で再発させました。うつ病は手強い!!ただ、再発によって気づきもありましたよ。それは、ストレス要因をなくすことで症状が回復すること。

私の場合、新卒入社した会社を退職すると、希死念慮や無力感が薄れたのです。そして、薬を抜くレベルまで回復したのは、当時お付き合いしていた方の存在が大きい!!

 

彼と出会ったのは大学生の頃。

うつ病パニック障害に理解のある人で、事あるごとに「大丈夫」「無理せんとよ」と伝えてくれていました。うつ病を再発させた時も、希死念慮と向き合ってくれ、私を好奇な目でみることなく、普通の女性として接してくれました。うつ病で塞ぎがちだった私を、無理のない程度で積極的に外へ連れ出してくれ、私の存在を肯定する言葉かけを心がけてくれていたのです。

そんな彼と日々を過ごすうちに、友達や再就職先の社員の方(信頼できる方に限る)に対しては、うつ病であることを隠さないようになり…。それが功を奏し、自ら求めなくても、周りにいる人が自然と助けてくれる機会が増え、いつのまにか社会人生活が楽しいものに😃

 

月1で心療内科へ通っている時「いつ薬を飲まずに済むんですかね?」とよく聞いていたのですが、先生はいつも「薬は自分で止めるものではなく、飲み忘れて自然と生活からなくなるものなんです」と答えていて。なんだそりゃと思っていたんですよね。

でも、まったくもってその通り。気づいたら飲み忘れる日が増え、どこに薬を保管してたかも分からなくなり、カバンの奥底から、処方されて一度も触っていない薬袋が出てくるようになっていて。

最初にうつ病を発症して約6年後(内3年間は薬服用でほぼ無症状)、先生よりうつ病寛解宣言が発令。「うつ病に関しては寛解だね!!お疲れ様。よく頑張ったよ。残りもゆっくり治していこう」ずっと聞きたかった言葉で嬉しかったなぁ。

 

きっと誰にでも「この人は自分にとって大切な存在だ」と感じる人がいると思います。家族、友人、恋人、先生etc.

自分が大事にしている人や、自分が大切にされたい人に、うつ病を理解して受け入れてもらい、外出やポジティブシンキングの練習に協力してもらうことが、うつ病寛解への近道になるのではないかというのが持論です。

 

以上、うつ病奮闘記でした。簡潔に書いているので「そんなもんか」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、うつ病の影響で、ここに書いたらきりのないくらい数々の事件を起こしております…

 

うつ病については寛解していますが、広場恐怖症、会食恐怖症、軽度の拒食症は残っており、現在も闘病中。明日は現在の問題児、恐怖症たちについて書いてみます。

 

私の日記にたどり着いた皆さん、本日も無理をしすぎてはいませんか?

体が動くからって頑張りすぎは禁物ですよ!!自分の心を大切に過ごしてくださいね。おやすみなさい。